長崎地方裁判所 昭和27年(行モ)2号 決定
申請人 木原チズ 外二十五名
被申請人 長崎県知事
一、主 文
本件申請を却下する。
申請手続費用は、申請人等の負担とする。
二、理 由
申請代理人は「申請人の被申請人に対する除却命令取消事件の判決確定に至るまで被申請人木原チズ外二十五名の各自が所有する家屋につき右命令の代執行をなすことを停止する」旨の執行停止命令を求めその理由として主張するところは被申請人は特別都市計画法に基く区劃整理を施行し目下長崎市の中央部を流れる中島川流域に於て河口玉江橋より遡る左岸一帯を整理し出島橋、長久橋、鉄橋、万橋等を経て幅員二十七米の幹線道路の建設工事を進めつつある。而して申請人らは何れも従来より右鉄橋より万橋に至る幹線道路敷地一帯に家屋を所有し店舗を営み来つた小商人なるところ被申請人は前記道路建設のため申請人等に立のきを迫つたので、申請人等は己むなく従前の家屋を撤去し被申請人の指示に基き川沿の地に各自家屋を建築したところ僅か一ケ月を経過した昭和二十七年八月二十二日申請人らに対し、その除却命令を同年九月一日には同月二日迄に撤去せざる場合は代執行すべき旨の戒告書を発し来つた。然し乍ら申請人らはその日その日の売上で糊口をしのぐ身分であつて、他に家屋を求めることも、権利金を出して他に赴くことも出来ない。前記長久橋附近にも申請人等と全く同じ条件の多数居住者があるが、それらに対しては被申請人は昭和二十八年十二月三十一日までその除却を猶予していて申請人等に対するのと取扱を異にしている。これは憲法にいう法の前の平等に反するものである前記幹線道路は未だ完成していないのであつて、申請人等が前記立退に応じて現在の家屋に移つたのはその完成を俟つて立退くこと、即ち前記長久橋附近の居住者と同様昭和二十八年十二月三十一日迄に撤去してよいものと考えていたものである。申請人等の使用している土地は川沿の土地数尺に過ぎず区劃整理に支障を生ずるものではない。被申請人の処置は申請人等の生活の本拠を奪うものであつて、それは憲法第二十五条にいう「国はすべての生活面に於て社会保障を増進しなければならない」の精神に反する。申請人は何れ履行するのであるからしばらくこれを猶予しても行政代執行法第二条にいう著しく公益に反することにならない。
以上の如くであつてもし被申請人の除却命令が執行されるに於ては申請人等は家族を含めて百二十余名のものが路頭に迷うこととなり償うことのできない損害を蒙る虞があつて且緊急の必要があるのでその執行停止を求めるため本件申請に及んだというにある。
(当裁判所の判断)
そこで申請人等提出の疏明方法及び本件当事者審訊の結果を綜合して、本件代執行の戒告処分が適法であるかどうかを判断するに行政官庁たる被申請人が特別都市計画法に基き長崎市全体の健全なる発展を期し必要な道路の建設を行い、その為の障碍となる物件に対して除却命令及び代執行の戒告を発することはもとより当然のことといわねばならない。而してその除却命令に不服を申立てるためにはそれに必要な具体的な権利、理由がなければならぬこと当然である。然るに申請人等には現在使用しつつある土地に対しても従前使用し来つた土地に対しても何らの使用権なく、全く事実上の使用を為し来つたというに過ぎない。尤も戦後七年余に亘つて使用し来つた事実が尊重せらるべきであるという申請人等の気持は諒として得るが、それが法律上の根拠を欠くものである以上適法な行政官庁の処分に抗し得ないものといわざるを得ない。申請人等はこの従来より使用し来つた事実を根拠として、今日その除却を命じ代執行の戒告をすることは他に赴くところのない申請人等に対する生活権を奪うものであつて憲法第二十五条に違反するというが被申請人としては、申請人等の居住用地として無償貸与するため、市内城山町に土地を購入しており、更にその営業場所については、組立式の露店を開設させるよう対策を考究中であることがうかがわれるので被申請人の本件処分を以て憲法第二十五条に違反するということはできないものというべきである。又申請人等は申請人等と全く同じ条件にある長久橋方面の居住者に対してはその居住を昭和二十八年末まで許して置きながら申請人等に対しては速刻除却せよというのは法の前の平等という憲法の精神に違反すると主張するが長久橋方面と申請人等の居住する鉄橋附近一帯とは場所も異つているばかりでなく、長久橋方面の居住者は、許可後みだりに違法の建築をしたり、河中に汚物を投棄したり等して甚しく都市の美観を害し、且衛生上もおもわしくないので、被申請人としては、前知事の方針を改め、本件処分に及んでいることが推測されるのであつて、何でも平等といえば正しいのではなく県民全体の福祉を考えるのが正しい行政行為なりというべきであるから、申請人等の主張は採用し難い。次に申請人等は本件幹線道路は未だ完成していないと主張しているがその建設工事の一環として申請人等の所有物件を除却せねばならぬのであつて、その除却をいつまでも遷延することが道路の完成を妨げるものであるからこの点の主張も理由がない。
以上の諸理由によつて明らかな如く被申請人の発した除却命令並に代執行の為の戒告はまことに妥当といわねばならない。行政事件訴訟特例法第十条にいう執行停止は、一定の行政処分に対して不服申立があり、その不服申立が理由ありとみえ、もしそのまま当該行政処分が執行されるに於ては被処分者に償うべからざる損害の生ずる虞がある場合に発すべきものであつて、その生ずべき損害云々の点は基本たる行政処分が将来動揺するものとみて始めて問題となると考うべきである。然るに本件に於ては基本たる行政処分に何らの瑕疵がないのであるから、生ずべき損害その他については判断すべき限りでない。
よつて申請手続費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用し主文の通り決定する。
(裁判官 林善助 入江啓七郎 菊地博)
(別紙目録省略)